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江戸時代の1682年に、恋人に会いたい一心から放火をして処刑された女性は?
八百屋お七

八百屋お七は、江戸時代前期の日本人女性で、江戸本郷の八百屋の娘でした。彼女は恋人に会いたい一心で放火事件を起こし、火刑に処された少女とされています

お七の生涯については伝記や作品によって諸説がありますが、比較的信憑性が高いとされる『天和笑委集』によると、お七の家は天和2年12月28日(1683年1月25日)の大火で焼け出され、お七は親とともに正仙院に避難しました。寺での避難生活の中でお七は寺小姓の生田庄之介と恋仲になりました。やがて店が建て直され、お七一家は寺を引き払いましたが、お七の庄之介への想いは募るばかりでした。そこで、もう一度自宅が燃えれば、また庄之介がいる寺で暮らすことができると考え、庄之介に会いたい一心で自宅に放火しました。火はすぐに消し止められ、小火(ぼや)にとどまりましたが、お七は放火の罪で捕縛され、鈴ヶ森刑場で火あぶりにされました

お七の恋人の名前は、井原西鶴の『好色五人女』や西鶴を参考にした作品では吉三郎とするものが多く、そのほかには山田左兵衛、落語などでは吉三(きっさ、きちざ)などさまざまです。お七の物語は文学や歌舞伎、文楽など芸能において多様な趣向の凝らされた諸作品の主人公になっており、広く知られています

なお、お七に関する史実の詳細は不明であり、ほぼ唯一の歴史史料である戸田茂睡の『御当代記』で語られているのは「お七という名前の娘が放火し処刑されたこと」だけです。それだけに後年の作家はさまざまな想像を働かせています。