サルトルの思想では、即自は自己を意識し、その意識が自己を超える存在である?
Answers
- サルトルの思想では、即自は自己を意識し、その意識が自己を超える存在である?
- いいえ、サルトルの哲学における「即自」(en-soi)は、自己を意識しない存在です。即自は自己の外部から決定される事物の存在であり、物理的な存在や物体など、意識を持たない存在を指します。それに対して、「対自」(pour-soi)は意識的な存在であり、自分自身を意識することができる存在です。対自は自己を超え、自己を意識する存在としての人間を表しています。
即自はそのまま存在し、対自は自らを意識し、自己を超えることができる存在です。サルトルの実存主義では、人間は対自としての存在であり、自由意志を持ち、自らの存在を選択し、意味を創造することができるとされています。