Answers

今川義元は徳川家康の父である岡崎城主・松平広忠の後見人であった?
はい、今川義元は徳川家康の父である松平広忠の後見人でした。今川義元は、松平広忠を我が子のように位置付けて、今川家を支える武将に育てようとしていました。
松平広忠は、1537年に今川義元の支援を受けて岡崎へ戻り、松平家の家督を継承しました。その後、今川義元の指揮下にあって織田信秀との抗争を展開しました。
徳川家康は、織田家にさらわれていた時期に父・松平広忠を亡くし、元服は今川義元のもとで行われました。今川義元は徳川家康に自身の名の1字を与えて「元信」(もとのぶ)と名乗らせ、甲冑(鎧兜)を贈りました。また、1557年には徳川家康と、今川義元の姪「築山殿」(つきやまどの)を結婚させて、徳川家康を今川一門に組み入れています。