百人一首は鎌倉時代に宇都宮蓮生の求めに応じて作成されたものである?
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- 百人一首は鎌倉時代に宇都宮蓮生の求めに応じて作成されたものである?
- はい、百人一首は鎌倉時代に藤原定家が、鎌倉幕府の御家人である宇都宮頼綱(蓮生)の依頼を受けて作成した色紙が原型と言われています。
宇都宮頼綱は、下野国(現・栃木県)の武士で、治承2年(1178年)に生まれました。祖父の朝綱は源平合戦の頃の宇都宮氏の長で、頼朝が平家を打倒するために挙兵した際に京都にいたため平清盛に捕まえられました。頼綱は頼朝が亡くなった後も鎌倉幕府を支えましたが、27歳の頃には謀反の疑いをかけられて出家し、蓮生と名乗りました。
藤原定家は天皇から和歌集の編纂を直接依頼されるほど有名な歌人で、京都の屋敷が宇都宮頼綱の屋敷の近くにあったことから親友となりました。京都では家のふすまに和歌を書いた色紙を張りつけることが流行していたことから、頼綱は定家に自分が住んでいる家のふすまに張りつける和歌の選定を依頼しました。定家は歴史上の有名な歌人の歌から選び抜き、色紙にしたためたものが『百人一首』の元となりました。
この色紙は京都の小倉山の山荘で選ばれたことにちなんで「小倉百人一首」と呼ばれるようになりました。
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