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- 日本初の南極観測船の名前は何?(納沙布、宗谷、しらせ、ふじ)
- 宗谷
初代は「宗谷」で漢字ですが、2代目以降は平仮名になっています。これには理由があります。
初代の「宗谷」は海上保安庁所属で、原則として艦名は漢字表記という規則があったため漢字になりました。2代目以降は、海上自衛隊が運用を担当するようになり、海上自衛隊の命名ルールに則って艦名を平仮名表記にしました。なお、旧日本海軍では艦名は漢字でした。
なお、後述するように「しらせ」は人名ですが、海上自衛隊の命名規則では人名の使用は禁止されています。そのため、南極の「白瀬氷河」という地名から命名したということになっています。なお、「白瀬氷河」は人名の「白瀬」(日本人で初めて南極探検をおこなった白瀬矗)にちなんで命名されています。
(蛇足)海上保安庁の命名規則- ヘリコプター搭載巡視船:日本の山
- 大型巡視船:島、半島、岬、海峡、河川 ←初代「宗谷」が該当します
- 小型巡視船・巡視艇:鳥、花、星座、風、星など
- 測量船:星座、星、光などいろいろ←他と被らないもの?
しらせ(白瀬)は1910年に南極点を目指した探検家です。3ヵ国が南極点到達を競っていたようです。アムンゼンが1911年に到達。翌年1912年にスコット(英)が到達。白瀬は断念。スコット隊は到達後にアムンゼンが先に到達していたことを知る(アムンゼンはあとから出発して先に到達したはず)。また、スコット隊5名は帰路で全滅。
アムンゼンは飛行船で北極点にも到達。北極点については、測定精度の問題などの問題から、厳密に誰が最初に到達したかがはっきりしていない。- 初代:宗谷(1957年〜1962年) 海上保安庁所属
- 2代:ふじ(1965年〜1983年) 海上自衛隊
- 3代:しらせ(初代)(1983年〜2008年) 海上自衛隊
- 4代:しらせ(2代目)(2009年〜) 海上自衛隊